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飲み会で価値を提供できなくて悔しい

先日、久しぶりに「ブログータン」が開催されました。
有名ブロガーの方々をはじめとして、その他各種メディアで活躍されていらっしゃる方々が多く参加してくださり、人数は過去最大規模のものになりました。ほんと、毎回取り仕切ってくださるタクスズキさんには感謝しかないです。そして、今日はそのときに感じたことを書いてみようかな、と。

話題を提供できない

ブログータンでは毎回いろんな方がさまざまな有益な情報をお話してくださっていて、今回も例に漏れずいろんな話を聞くことができました。Instagramのタグ付けの文化のお話、弁護士ドットコムのこれまでの経緯、「越谷レイクタウンがめちゃくちゃでかい」という情報、最近できたばかりの「DENA Palette」に関する話題などなど、ジャンルを問わずいろんな話が飛び交いました。

実際、Instagramの件がおもしろく、試してみたいと思ったので帰宅後に一枚の写真にそれっぽいタグをいくつか付けて投稿してみたら、見知らぬ外国人から複数反応があって感動しました。笑
あのタグって、別に大喜利が目的なわけじゃないんですよね。

そんな感じで「あぁ、おもしろいなー。みなさん、いろんなこと知ってるなー。」なんて思いながら普通に話を聞いていたんですけど、後になってよくよく考えてみたら、そのとき自分はほとんど全くその場で話題を提供できていなかったことに気付いたんですね。こうした場で話題を提供できないのは、ほとんど価値がないも同然です。いてもいなくても同じなわけです。

以前、@ssugeさんが以下のようなツイートをされていたんですけど、本当にこんな気持になってしまって、その飲み会の場でなんらの価値も提供できない自分がその場にいていいのかすら分からないような、恥ずかしい気持ちになりました。

 

「価値」はどこから生まれてくるのか

ってことで、「じゃあ、また今後呼んでもらうためにはどうしたらいいのか?」ってことを考えてみたんですけど、自分の中で出た答えはシンプルなものでした。

少しだけ遡ると、2014年、つまり大学を卒業する前はありがたいことにいろんな方々に面白がっていただけました。
このブログータンもまさにその流れで誘っていただきましたし、こんなことや、こんなことまで手を出させてもらいました。そのときは、こうした飲み会でも自分が運営していたメディアの話や、「まだ学生」であることに付随する話題などを振っていただき、ほんの僅かですが、それなりに価値を提供できていたように思います。

そのときと今の違いは何か考えてみたときに、はっきりと出た答えが「定期的かつ、独自のアウトプット」でした。

まず、最近はあまりアウトプットとして残しているものが多くありませんでした。一年前は、とにかく出して出して出して…の日々でしたが、いまは暇があるときにたまに気が向いたらブログを更新する程度になっています。そうすると、結局どうしても”人並”なことしかできてないことになるので、周りの人に価値を提供できるような話題がそもそもなかったりするんですよね。

実際、ラジオを必死に書き起こしていたときは、立ち上げの背景からラジオの聴き方、ライターさんとのやり取り、普段の記事の投稿に至るまで、いろんなことをお話していたように思います。

もっと言うと、価値のある話題のもととなるなんらかの知見って、物事をアウトプットした後に得られることが多いんですよね。それだけ、一つのことについて考えている証拠にもなりますし、学びも多いんです。そこからも、定期的かつ独自のアウトプットが自分とその周りの人に与える価値に繋がることが言えると思います。

また、もう一つ挙げるとするならば、「尋常じゃないインプット」も話題を提供する上で重要な要素だと感じました。自分がこういうことを言うのは大変おこがましいことは承知していますが、今回も参加されていた「WOODY」の中里さんは、この点がホントに群を抜いていらっしゃいます。

ウェブサービスに関する知識が豊富で、現在研究されている分野のことに関しても、とことんまで突き詰めて考えていらっしゃるということがすぐに伝わりました。「ある特定にジャンルに関しては日本一詳しいかもしれない」とおっしゃっていましたが、全く疑問にも思いませんし、その知識の豊富さという要因が、例えば飲み会の場で価値を提供されていることは言うまでもありません。

「飲み会」を「社会」に置き換えてもだいたい一緒

これまでの話って、「飲み会」を「社会」に置き換えてもだいたい同じですよね。
さらに言うと、チームラボの猪子寿之さんは「大人になると、価値のない奴は誰も相手にしてくれない」みたいなことをおっしゃっていて、こんなに恐ろしいことはないと思います。

さらに、年齢が上がっていくと今のように「面白がられる」こともどんどん減っていきます。若いうちはまだその分マシですが、年を取ってそうなってしまうと、もういよいよ「自分の価値とは…」みたいなことを、さらに深いところで考えて、嘆いてしまうことになりかねません。

なので、狭いところからでいいので、「あいつはなんかおもしろい」みたいな価値を生み出すことを考えていかないとなーと思っているところです。


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