読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

オウンドメディア運営の仕事をして、改めてブログのおもしろさに気付いた

ブログ 考えたこと

新卒でコンテンツマーケティングを手がける会社に入社してから早くも4ヶ月が経ちました。そこでは、「オウンドメディア」と呼ばれる、企業やブランドが自ら持つメディアの運営・運用支援をしていて、僕自身もコンテンツディレクターという立ち位置でそれらに関わっています。

4ヶ月が経った最近、企業が関わるメディア、特に「オウンドメディア」と、一個人が運営する「ブログ」という2つのメディアについて、その性質の違いがいろいろ見えてきていて、これがおもしろいんです。

なので、お金をもらってメディア事業に携わっている者として、それと個人で運営しているブログがいかに異なるものかについて書いていこうと思います。(オウンドメディア以外のメディアでもここに書いてあることは当てはまると思うのですが、自分がオウンドメディアを運営していて再確認したことなので、あえてオウンドメディアにしておきます)

ブログの制作は全て自分 

当然といえば当然なんですけど、全て自分がブログサービスを決め、自分がブログのタイトルを決め、自分が記事のネタを企画して、自分がサイトのデザインをし、自分が更新頻度を決め、自分がSNSの連携をし、自分が手を動かして執筆する。これらの全ての作業・意思決定を行うというのは、やはり個人ブログの最大の特徴です。この裁量の大きさ、自由度の高さは、やはり自分一人で運営しているから実現できるものであって、多くの人間が関わる企業のメディアでは決してありえません。

まず、ブログサービスを選ぶという段階で、それを自分1人の意見だけで決定するのか、お客さんを含めた数人の関係者で決定するか、だけでもだいぶ違いますよね。Movable Typeがいいのか、WordPressがいいのか、はたまた、はてなブログがいいのか…。個人ブログだと、単純に、シンプルに自分が使いたいものを使えばいい。ここが、まず第一に訪れる、自由に選べるポイントでしょう。

僕は、たまにブログは「芸人の単独ライブ」に似てるなと思うときがあります。

芸人の単独ライブは、構成作家がついて、ライブ全体をディレクションしてくれる場合ももちろんあるのですが、基本的には、開場から開演までの90~120分間はすべて出演する芸人さんのものです。それこそ、ライブ会場の選定から、ライブのタイトル、ネタとネタの間に流れるVTRや音楽、メインのネタ、販売するグッズの内容、エンドロールの記名、その細部に至るまでが、それぞれの芸人さんたちのものであり、空間でもあります。

自分1人だからこそ起こる弊害

一方、自分1人でなんでも決めたり、作業を行わなければいけないので、その点不自由になる場面も出てきます。

例えば、企業が携わっているメディアの場合は、大抵の場合編集部機能を持っている組織が、社内外のどこかにあり、そこでコンテンツを制作を行っています。そこでは、一つのコンテンツを作る場合にしろ、複数の人の目を通り、さまざまな検閲をくぐり抜けたうえで最終的にweb上に公開されることになります。

そのときに、「この企画が本当にこのメディアにふさわしいか?」という大枠の話から、細かい表現や文字単位の修正など、コンテンツはどんどんどんどん精査され、磨きに磨かれた状態で、公開され、日の目を浴びることとなります。

けれど、全て個人の裁量で運営するブログには、自分以外の視点がありません。企画から公開までの間に通るのが「自分フィルター」の1枚のみということです。これには長短があって、「他人に指図されない」とか「自分がおもしろいと思うものだけを公開できる」とかいろんなメリットもあるんですけど、やはり「文章の構成がおかしい」とかそもそも誤字脱字や、表現に違和感を覚える部分がある、など自分では気づけないことも多くあるということになります。

自分以外の視点がないというのは結構怖いことでもあって、書き方にクセがある場合に指摘してくれる人もいないし、「そもそも、それのどこが面白いの?」と企画段階で、ネタの脆さを気づかせてくれる人もいません。自分が全部持って行って突っ込んでいく状態なので、どこか粗さや未熟な部分を抱えたまま…、ということになりかねません。

けど、やっぱ全て自分に返ってくるのがおもしろい 

そんな感じで、企業が携わっているメディアとブログでは、「自分以外の誰か」が関わっているかどうか、というのが大きなターニングポイントになると思うんですけど、個人的にはやっぱり後者がおもしろいと思うんですよね。

仮に企業のなかで、もしくは外部の編集部としてメディアを運営していて、そのなかで大きく記事がバズって反響があったとします。けど、そもそも背景に、多くの予算を投下し、多くの人員の時間とお金のコストを割いたうえでの結果ということがあり、どこまでいっても「自分が手がけた感」というのはほとんど味わえないのではないかと思います。

たまに、有名なメディアに掲載された記事で「オレが書いた記事がバスった」みたいなことをいう人がいますが、第一にそのメディアのブランドがありますし、「いや、そもそもそのコンテンツの流入って、Facebook広告とかで得た「いいね!」をつけたユーザーからのものじゃないの…。」みたいなことを思っちゃうんですよね。

逆に、自分がブログで書いたことは、当然全て自分に返ってきます。それは、いいことも悪いこともあって、1本の記事を通じていろんな人と出会えたり価値観を共有したりというポジティブな反応や、何かマズイことを書いてしまって、その1本の記事が原因で会社をクビになってしまったり、社会的な制裁を受けてしまうというネガティブな反応を受けることだってあるでしょう。

けれど、それがいいと思うんですよ。その責任が全部自分に乗っかってくることが、Webがもたらした大きな恩恵の一つだと思っていて、それはときには1人の人間の一生を変えてしまうくらいのパワーがあるような気がしています。すごく抽象的になってしまうんですけど、この「パワー」って概念はやっぱり、作り手として、お金をもらっていろんな人が関わったものではなかなか受け取ることはできないんじゃないかなーと。

やっぱり個人で作ったものだからこそ、得られるものはその分大きいんじゃないかと。

改めて、ブログはおもしろい

こうしてブログを書いているのも、「改めて、ブログっておもしれぇな」と気付いたからです。日々、そうした企業のメディアに関わっている反動なのかわかりませんが、1人で全てを運営していくブログのおもしろさを再確認しました。