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組織の常識に染まらないために、「俯瞰」することを忘れたくない

働いていると、「この人たち、言ってることがまるで違う」という場面に遭遇することがある。

例えば、僕の分かりやすい実体験で言えば、議事録について2つの全く別の取り方を勧められたことがある。ひとつは、「早く書けるから、会議中にフォーマットにそのまま書くパターン」。もうひとつは、「手書きで、議論の内容をメモし、後から議事録に落としこむパターン」。これらは単なる方法論で、すごく低次元の話。それを読んだ人が分かりさえすれば、別にどっちだっていい。ここで言いたいのは、「議事録の取り方」というどうでもいいトピックさえ両極端な2つの意見があって、仕事の取り組み方について「言ってることがまるで違う」ということは、ままあることだということ。

 

いちばん最初の職場での常識は強く残る

ここでちょっと視点を広げてみる。

以前、「最初に働く環境で蔓延している常識は強く印象に残って、その後にも影響を与えることがある」みたいなことを聞いたことがある。これは本当にそのとおりだと思う。今まさにそれを実感しているところだ。

新卒で企業に入社して、右も左も分からない状態で、先輩に仕事を教わりつつ毎日少しずつできることを増やしていく。その過程で見てきた会社のルールや常識、仕事の段取りや進めかた…、といったものが、ひとつの”正解”として強く刷り込まれることは無理のないことだと思う。

最初の議事録の取り方の話に戻ると、例えば、最初に配属された部署で、「議事録は手書きで取るのが当たり前」という常識があったら、やはり、「あぁ、そういうものなのかな」と思ってしまうだろう。これはまさに、”組織の常識”が”個人の常識”に置き換わった瞬間であり、もしそれを疑うことなく受け入れてしまったら、ずっと同じやり方で仕事を進めていくことになる。

 

常に最良の選択をするために、「俯瞰すること」を忘れたくない

もちろん、最初に携わった案件でのルールや常識に従って、ズブズブとひたすら潜り込んでいくのも多いに結構なことだ。そこで得たものが一生その会社で生きていくために必要なモノなら、むしろ持っておいて損はない。

けれど、目指している場所がそこではない場合、 会社全体、部署、チーム…、いろんなレイヤーすべて含めて、常にちょっと引いた目線で、「このやり方って、本当にこれで合ってる?」と疑いの目を持ち続ける姿勢を忘れないようにしている。そうすることで、そのときどきで取るべき手段の選択肢の幅が広がり、結果いろんな環境下で対応することができるようになって、いいことづくめだ。

 

なぜこんなことを思ったかというと、編集業務って、結構個人によって進め方が異なっていて、混乱することが多かったから。だからこそ、そのときに求められるのは、自分のチームをはじめとする組織の常識に染まってしまうのではなく、逆に、すべてを俯瞰して疑ってみることなのかなと。そのうえで、疑いつつも、少しずつそれぞれの良さをいい感じにかき集めて、自分のモノにしていきたいなと。

 

ちなみに、議事録の取り方はこの辺りの記事が非常に参考になります。

 

それから、メモの取り方はこの本がとっても参考になります。特に、いろんな議論が飛び交って整理することが難しい場合に、物事を立体的に捉えることができるようになります。 

[カラー改訂版]頭がよくなる「図解思考」の技術

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