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「起業しました」について。

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会社を立ち上げました。株式会社Lucky Brothers & co.といいます。メンバーは副社長の僕と、社長の田島(id:gonshi_com)です。

「株式会社ラッキーブラザーズです」というと、「兄弟なんですか?」とよく聞かれるのですが、兄弟ではありません。ですが、お互い鹿児島県出身で鹿児島工業高等専門学校という学校に通っていました。あと、「ラッキーな人生を歩んでいると自覚している」というのも、共通項のひとつですね。

 

「起業しました」について

ぼくはいつも説明するときに「会社を立ち上げました」とか「会社を設立しました」という風に話しています。いちばんオーソドックスなのは、「起業しました」だと思うんですが、「起業した」というのはなんだか少し恥ずかしい。そもそも「起業」というワードに、ちょっと「意識高い」感じがあるじゃないですか。いや、意識はめちゃくちゃ高いのですが、アピールはしたくないので、そういう理由で、「会社を立ち上げました」と言っています。

もうひとつ理由があります。

「起業」には「新しく事業を起こす」という意味があります。読んで字のごとく、ですね。


すなわち、そこには「なんらかの”事業”を新しく起こしました」というニュアンスが込められています。けれど、僕らはどちらかというより、”事業”ではなく”会社”としての成長に主眼を置いているので、なんだかちょっとしっくりこないんですよね。そういう理由もあります。

 

今後のブログについて

今後は、会社のブログを更新していくことにしました。

Mediumという、いま「イケてる」とほうぼうで噂のブログサービスを使います。Mediumには「Publication」という概念があり、複数のユーザーの投稿をひとつのPublicationに束ねることができます。具体的には、僕と田島のそれぞれの投稿を、「株式会社Lucky Brothers & co.のブログ」というPublicationに束ねることで、ひとつの雑誌みたいな感じで作り上げていけるんですね。これは便利。

ということなので、今後は引き続きこちらのMediumの方を更新していくので、どうかチェックしていただけると嬉しいです。いわゆる感じの会社のブログというよりは、僕も田島も自分のブログの延長のような雰囲気で活用しているので、内容には大差はないかと思います。

 

その他、メルマガも配信しています。メルマガって2人のベンチャー企業が使うようなマーケティングツールかではないと思いますが、「もっとよくばる」という経営理念にのっとり、こちらもガシガシ活用していきます。

それでは、どうぞよろしくお願いいたします。

『科学的とはどういう意味か』は数学ができなかった文系にこそ読んで欲しい。

レビュー

森博嗣の『科学的とはどういう意味か』を読んだので感想を書く。

ここ数日は、本当に森博嗣のエッセイしか読んでいない。何しろ読みやすい。冗長な表現がなく流れるような文章のリズムなので、読んでいて疲れを感じない。そんなわけで、森博嗣のエッセイは電車の中とか、休憩時間にサクッと読むのに適していると思う。

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僕らは常に、「そっち側」になってしまう可能性を秘めている。

暮らし 考えたこと

先日、今使っているスマートフォンを落として画面を割ってしまった。

それは、鮮やかだった。朝家を出て出社しようとしていたときだ。マンションのエントランスを抜けて道路に出て数歩歩き出したとき、アウターの右ポケットから何かが落ち、地面に叩きつけられる音がした。「スマートフォンを落としたな」と思ったが、正直そこまで心配はしていなかった。というのも、これまで何度もこのスマートフォンを落としたことがあるのだが、1回も画面が割れたことがなかった。「ゴリラガラス」という名の強化ガラスを使っているというのも大きな要因かと思う。とにかく、割れたことがなかったのだ。

これは、今使っている機種に限った話ではない。僕はスマートフォンを導入するのが結構はやく、iPhone4がまだソフトバンクでしか売られていない時代からそれを使っていた。しかも、「ジョブズはそんなこと望んでいない」との理由で、カバーはずっとつけていなかった。それでも、何度か地面に落としたことはあったが、画面が割れることがなかった。そんな経験をしていたため、今回もどうせ画面は割れていないだろうと高をくくっていた。

スマートフォンは、綺麗に割れた。

左上の角から地面に落下し、画面上部が綺麗に粉々になっていた。僕はスマートフォンの画面を初めて割ってしまった。分かったことがひとつある。それは、割れ方が悪いとガラスの破片がボロボロと脱落してしまうことだ。下手をすれば指に刺さってしまうし、そうでなくとも机の上にキラキラした破片があちこちに散乱してしまった。そして、意外に人は冷静になれるということだ。一瞬「あっ」とは思ったものの、次の瞬間には駅方面へと歩き出し、そして次のスマートフォンはどんな機種にするかなどと考えていた。

僕はそれまで、なんの根拠もなく、なんとなく「僕はスマートフォンの画面を割らないだろう」と思って過ごしてきた。けれど、見事に割ってしまった。かつての友人が持っていたバキバキのiPhone5のように、ネットの記事で見た「Apple銀座店で購入し、iPhone6を最速で割った人」が手にしていたバキバキのiPhone6のように、それは見事に割れた。

誰しもが特別な存在ではない。一歩間違えればすぐに「そっち側」の人間になってしまうこともあるだろうし、間違わずともそうなってしまう可能性はある。だから、常にあらゆる可能性を視野に入れておかなければならない。大事なのは、最悪のケースを常に想定しておくこと。僕はそれを、スマートフォンを落として画面を割るという経験から見出した。

最近、スマートフォンのinstagramのアプリで写真を撮影するときに、音が鳴らなくなるという現象が起こるようになった。googleで検索しても、Twitterで検索しても、原因は分からない。特にバージョンアップによる障害というわけではなさそうだ。そこからいろいろ調べていくと、このスマートフォンがそもそも音を発しなくなっていたことが判明した。だから、instagramだけでなく、純正のカメラアプリも、音楽再生アプリも音が鳴らないのだ。稀に、こういう「自分だけがそうだった」パターンもあるので気をつけた方が良い。それも含めて、「いろんなケースを想定しておく」ということなのだろう。

森博嗣のエッセイ『つぶやきのクリーム』は、読書の醍醐味を教えてくれる。

考えたこと

最近は、もっぱら森博嗣のエッセイを読んでいる。

森博嗣はミステリー作家である。代表作には『すべてがFになる』などがある。森博嗣を知らない人にたいてい、「『すべてがFになる』の作者です」と伝えると合点が行くようだ。逆に言うと、それくらい森博嗣はマイナーな作家で、『すべてがFになる』はメジャーな作品だということか。

僕が今読んでいるのは主に講談社から出ているシリーズで、これまでに4冊出ているものを全て読んでいる(そのうち1冊は、まだ読んでいる途中だが)。書名を列記しておくと『つぶやきのクリーム』『つぼやきのテリーヌ』『つぼねのカトリーヌ』『ツンドラモンスーン』である。

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「他人は他人」と割り切れない人は消耗していくだけ

考えたこと

Aについて考えを巡らせながら生活していると、まさにAについて語っている人がいたりすることがある。これはおそらく偶然によるものだと思うけど、それが2度や3度重なったりすることがあって、「今は、そういう時期なんだ」みたいに考えることがある。

最近、僕にも似たようなことがあった。

それは「一喜一憂しない」ということについて。これについて考えながら生活していると、このことについて語っている人の意見がよく目につくようになってきた。「卵が先か鶏が先か」みたいな問題だと思うけど、ことあるごとに入ってくるようになった。

 

感情が移り変わるスピードが早い

現代は、感情が移り変わるペースが早過ぎると思う。

少し前(といっても、数十年くらい前の話だけど)は、例えば手紙を送る場合、送り主が出してから、受け手に渡るまでに数日かかる、ということも少なくなかった。今ではメールやLINEで一瞬でテキストは送り合えるし、映像を見ながら電話だってできる。

この伝達速度の高速化と、各種SNSの発達が感情の移り変わりのスピードを早めている。

Facebookを見ると、知人が会社でMVPを獲ったことを自慢しているし、Twitterを見てもおもしろツイッタラーがおもしろいツイートで数多くのRTを獲得している。

それを見て、「悔しい」とか「俺も、あぁなりたい」とか、そういう風に思う人が出てきてもおかしくない。そういう、他人の動向があまりに目に入ってきすぎるインターネット社会なので、言い換えると「一喜一憂しやすい/するのもやむを得ない」社会になってきていると言える。

 

「他人は他人」と割り切れない人は消耗していくだけ

そんな時代に、他人の動向を気にして一喜一憂している人は、当然のように消耗していく。

これは、場所には関係ない。東京にいても、田舎にいてもいつも誰かのことが気になっているようではいつまでたっても心は摩耗していくだけだ。

そんなとき大事なのが、「やっぱり、他人は他人」と割り切ることができるかどうかということ。SNSで知り合いの生活が垣間見えてきても、それは結局他人の生き方の一部でしかない。

決して、他者への興味関心をなくせと言っているのではない。あくまで、どんな人のどんな行動も、「そういう考え方をする人間もいる」「そういう成果を残せる人もいる」くらいのサンプルの一つ程度に捉えておくのがいい。

 

じゃあ、どうすればいいのか

簡単に一喜一憂しないようになるには、自分のなかにいろんな人間の考え方や行動履歴のサンプルを持っておくことだ。ノンフィクションでもエッセイなどの本を読むのもいいだろう。

そうやって、蓄積した「人の生き方データベース」が足元の地盤を固め、些細なことにも動じない強さを養ってくれる。

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