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編集者なのにライティングができないってどうなの?

これを読みましてね。

デジタルマーケティングの会社に新卒で入社して半年が経ちました。「デジタルマーケティング」ってすごい広い範囲を示しますが、自分はコンテンツ制作の部署におり、普段はwebメディアの記事の編集・制作ディレクションなどを行っています。案件にもよりますが「記事のライティング」はメインの業務としては含まれておらず、サイトの運営をしたり編プロの方々が書いた記事をチェックしメディアで記事を公開したりという、ディレクター・エディター的な立場にいます。

はじめて、「ライティング」をした

先日、初めて商業的な「ライティング」をしました。(1、2度自社ブログに記事を書くことはありましたが、自社が名前を出している場所以外でという意味で)そのメディアに携わっているフリーの外部編集の方に「シモツ君、書いてみる?」と聞かれ、「ライティングはやったことないし、とりあえずやってみよう」という受けてみたんです。

それはそれは大変でした。比較的ゆるめの内容とはいえ、一企業のオウンドメディアに掲載する記事として、それなりのクオリティは担保しないといけない。しかも、普段の業務に加えて書かないといけないということもあり、手をつけるのにも時間が掛かってしまい、書くのにはすごく苦労しました。

けれど、めちゃくちゃ楽しかった。

その編集の方とやり取りをしながら書くのがすごく楽しかったし、やはり書き終えた後の達成感がすごく心地が良かったんですよね。これまで半年以上働いてきて、文句無しに一番「やってやった感」に包まれた瞬間でした。

2日間、会社から帰宅して22時〜26時くらいの時間で書いていたんですけど、正直「これなら、クオリティを上げるために時間をかけるのを厭わず作業できるかも…」と思ってしまったほど。あんなに、「長時間働くのはイヤだ」と思っていた自分が嘘のようでした。

そしてそれ以上に、これまでは見えなかった気付きも得られました。「こういうやり取りをすれば、ライターは嬉しいのか」とか「こういう手の加え方をすれば、ライターは納得して修正することができるんだな」とか。ライター側の立場になってはじめて分かったことばかりで、すごくいい機会だったと思います。

そもそも、編集者って”書ける”べきなのでは?

で、タイトルの疑問なんですけど、書きながら思ってたんです。「編集者って、まずライティングができてこそなんじゃないの?」って。

というか、恐ろしさすら感じました。これまでは、先輩の見よう見まねで編プロのライターさんに指示を出したり、生意気にも原稿に赤入れしたりしていました。けど、「ライティングすらままならない状態で、編集業務って成り立つの?」という疑問が沸々と湧き上がってきたんですね。

「マネージャーとタレント」、「経営者と秘書」、「スポーツ選手とトレーナー」、といった具合に、いわば「二人三脚」的な関係はいろいろありますが、共にひとつのモノを磨き上げて高めていこうという意味でも、特に「ライターと編集者」はお互いの作業内容を知っていなければいけません。

なのに…、なのに、それまで自分はほとんどライティングを経験しないまま、”編集者っぽいこと”をやっていた、それがすごく怖いことのように思えたんです。「もし、このまま同じことを続けても、”っぽいこと”からはいつまで経っても抜けだせないのでは?」と。もちろん、会社の業務のなかにそれがないというのが、やってこなかった一番の理由なのですが、そんなの一歩会社の外に出れば関係ないワケで、「えっ、編集者なのにライティングできないの?」って言われればおしまいです。

もっと、書けるようになりたい

「優秀な編集者」になるには、「書けること」は必須で、多分それからは逃れることはできない。

だから、これからは「編集・ディレクション」と同時並行で書くこともやっていかないとなあ、なんてことを考えています。ってか、これに気づくのに半年も掛かったってのが相当ヤバいと思うんですけど、まあ人生長いし…。

やっぱりweb編集者の先輩ら的にはこの辺はどう思われているのかすごく気になります。「絶対書けるべき。それが前提」「あんまり書けなくてもいい」「ぶっちゃけ、俺全く書けないよ」…、その辺どうなんでしょう。 

はじめての編集 [単行本]

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