森博嗣のエッセイ『つぶやきのクリーム』は、読書の醍醐味を教えてくれる。
最近は、もっぱら森博嗣のエッセイを読んでいる。
森博嗣はミステリー作家である。代表作には『すべてがFになる』などがある。森博嗣を知らない人にたいてい、「『すべてがFになる』の作者です」と伝えると合点が行くようだ。逆に言うと、それくらい森博嗣はマイナーな作家で、『すべてがFになる』はメジャーな作品だということか。
僕が今読んでいるのは主に講談社から出ているシリーズで、これまでに4冊出ているものを全て読んでいる(そのうち1冊は、まだ読んでいる途中だが)。書名を列記しておくと『つぶやきのクリーム』『つぼやきのテリーヌ』『つぼねのカトリーヌ』『ツンドラモンスーン』である。
これらは森博嗣の「つぶやき」をまとめて補足を加えたものとして、第一弾として『つぶやきのクリーム』が発行され、これまでに続編が3作出ている。
それ以降のタイトルは、『つぶやきのクリーム』の”音”と似たような雰囲気の単語を適当に当てはめただけだと思う。多分、なんの意味もない。『ツンドラモンスーン』はちょっと特殊で、もしかしたら『つぼねのカトリーヌ』までが3部作になっていて、ここから新シリーズが始まっているのかもしれない。これは、今後出るであろう2作のタイトルを見てみないと分からない。
このエッセイは100の項目から成っていて、それを補足する形で構成されている。それぞれのつぶやきは数十文字程度で、それをだいたい1000文字前後(文庫版で2ページ分)の文章で解説を加えている。
面白かった「つぶやき」
「どんなつぶやきだろう?」と気になる人のために、それぞれのシリーズから僕が解説を含めて面白いと思った「つぶやき」をいくつか紹介してみる。
いま読んでいる『つぼやきのテリーヌ』は省く。もし、気になる項目があればぜひ買って読んでみてほしい。
『つぶやきのクリーム』
- 土地に縛られているのは個人ではなくて、集団である。
- 自分のせいでも他人のせいでも、ほぼ同じくらい失敗は失敗
- 僕は反省をしたことがない。そんな暇があったら対策を練る。
- 昔「家族連れ」で賑わっていたところは、今は「老人たち」で賑わっている。
- 人生の勝ち負けは勝率ではなく、勝ち数で決まる。いくら負けても良い。
- 友達は財産というが、まあ、その程度のものである。
『つぼねのカトリーヌ』
- 行列に並ぶというのは、恥ずかしい貧しさだと感じる。
- 人生なんてものは、思いどおりにしかならないのだ。
- 家族とか夫婦とかに期待をするのは甘え。
- リンスをシャンプーだと思って一週間使った。
- 反応することは、自分から発している行為ではない。
- 無理をしない余裕が、仕上げの美しさになる。
『ツンドラモンスーン』
- 少年Aの手記に対する報道について。
- 「いいね」や「いやだな」は自分の中で留めておいた方が良い。
- 「老後が心配だ」と口にする人に「どうせ死ぬんですから」と言える?
- アマチュアほど、制作の途中経過を実況する。
- 知識は無料、発想は有料。
- 「やる気が大事だ」と言うが、やる気が何を生み出すのか?
森博嗣のエッセイは、読書の醍醐味を教えてくれる。
僕が森博嗣のエッセイが好きな理由は、論点が明快で、主張をスパっと言い切る潔さにある(もしかしたら、本人にとってこれらは「主張」ですらないのかもしれないが)。なので、一文が非常に短く、とても読みやすい。無駄な部分が少ない。
また、なにかひとつの事象を切り取り、それを抽象的な次元に昇華する精度の高さに驚く。これは頭の良し悪しとかではないような気がする。普段生きているなかでどれだけ「気づき」を得られているか、そしてその物事について考えているかが、そうでない人と大きく違うところだと思う。
例えば、AがBに変化する様子を見たとき、普通の人は「あぁ、AがBに変わったな」としか捉えない。けれど、この本を読めば「じゃあ、今度はCやDに変化しそうだ」とか「A'の場合はB'になるのではないか」とか、そういうものの見方について知ったり、慣れることができる(つまり、読んだからといって同じように考えられるようになるわけでは決してない)。
そして、僕がこのシリーズの最大の醍醐味だと感じるのが、こういう強烈な個性を持って生活している人物がいるということを知れるというところにある。正直、森博嗣がどんな考え方をしているか自体はあんまり関係ない。僕は森博嗣ではないから。けれど、これまでの自分の考え、生き方と全く違う人生があることを知れる、というところに価値を感じる。これはまさに読書の醍醐味そのものであって、こういう体験を重ねるほど多様な考えができるようになって、つまり想像力が豊かになる。
そういう意味で、森博嗣のエッセイは「こういう生き方をしている人もいるんだ」というデータベースの肥やしになってくれる。
つぶやきのクリーム The cream of the notes | ||||
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つぼねのカトリーヌ The cream of the notes 3 | ||||
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ツンドラモンスーン The cream of the notes 4 | ||||
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